占いの裏話(21)
暦の話 4回シリーズ  -- その4 --

十二直(その2)/ 暦の話( 補遺)


十二直(その2)
1、十二直は日の吉凶を表わすというが、その根拠は不明である。
吉凶の内容にも様々な説があって、極端な例としては同じ十二直でありながら、それ
を吉とするものがある一方で、凶とする説もあるといういいかげんさである。
概して、十二直に使われている文字が持つ意味、印象、雰囲気に引きずられた解釈に
よるものが多いようにみうけられる。
旅行、訴訟、婚姻、種まきなどに付いての吉凶を例示することが多いのは,それらが
往時の人々の生活における関心事であったからでもあろうか。

2、十二直に限らず、暦に言う吉日、凶日を否定する意見は現在は勿論、昔から随分
多く伝わっている。
又、暦には明らかな矛盾がいたるところにあることも否定できない。
例えば平成15年4月22日(火)を例にとってみると六曜は大安で何事にも大吉である
のに、十二直では納(おさん)で小吉、更に二十八宿では觜で大悪日になっている。
同じ日が三者3様で異なるのは論理的に矛盾している。
各自6日、12日、28日の周期で廻るので、これらの三者が一致することは極めて少な
く、3段ともが揃って吉日という日は1年間に数日しかない。
これではスピーディーな現代に通用するわけがない。
暦の方則では、吉と凶が重なるときは「常に吉が勝る」という便利な逃げ道を作って
はあるが、吉日と凶日が重なること自体が既に矛盾したことといって良い。

3、結局そうした理由からも現在では、日本全国、暦のお日柄すなわち歴注といえば
六曜(大安、仏滅・・・など)がその主役になっている。
もともと六曜は1日のうちで縁起の良い時間帯又は縁起の悪い時間帯を決める「時刻
占い」であり古代中国で考案されたものである。これが日本に伝わって江戸時代の末
期には今のような形になったようである。当時から各月の朔日の六曜は決まっていて
太陽暦になった現在でもそのルールが生きているところが現在でも珍重され続ける理
由といえる。
つまり旧暦(太陰太陽暦)で決められたルールを現行暦(太陽暦)にも当てはめてい
る関係上、その割振りが機械的でなくなり たまには神秘的に見える配当も廻ってく
ることがあるので六曜に特別な意味合いを感じ得るのであろう。
どのカレンダーにも日付の下には小さく六曜が記されており、結婚式(大安に行う)
は勿論、葬式(友引を避ける)の日取りには全国的に六曜が活用されている。(裏話
NO16参照)

内閣改造、衆議院解散など政府の行事も大安を選んで行われているようである。
六曜に頼った例として平成15年10月10日の衆議院解散、至近の例では平成19
年9月26日の福田康夫内閣の閣僚認証式がある。
組閣は政治力学上9月25日にせざるを得ない状況だったが、その組閣が済み閣僚名簿
の公表の後に記者が「認証式は何故、明日なのですか? いくら遅くなってもその日
のうちに認証式を済ませるのが通常ではないですか」と質問したところ、町村官房長
官は「宮内庁の都合などがありまして・・・」とアイマイに答えていたのが印象に
残った。
国の機関による重要行事が、お日柄にこだわって「大安がふさわしい」ということか
ら翌日に決まったようだ。
仏滅だってよさそうなものだが、仏滅は避けて できれば大安にという意識が時の権
力者達にはいつも働くらしい。
これは六曜が既に社会規範の1つになっていて全国民が一様に影響を受けるものだか
らという心の広い観点から選んだものなのか、自分達が再選されるのを念じて決めた
ものなのか、与野党逆転の現状を何とか克服したいという縁起かつぎに過ぎないの
か、意地悪にアレコレ推論してみると実に滑稽である。



暦の話(補遺)


1、暦は時間の流れ、年月日の流れを順序づけているものである。
現在使われているカレンダーは干支とは全く無関係に作られているが、いわゆる暦つ
まり先人達が苦労をし時間をかけて作り今に伝えられている暦は干支を中心に作られ
ている。
暦を理解する為には陰陽五行説と十干十二支の成り立ち、関係を知る必要がある。
シリーズ1で述べるべきであったが、ここでその初歩的なことを記述しておく。

十干は日を数える数詞、十二支は月を数える語句として登場した。
その後、十干と十二支の組み合わせをするともっと妙味が出ると考えられるに至り、
十と十二の最小公倍数が六十であるため六十干支が考案された。
干支が年月日に配当されるようになった理由は、年月日を数字でのみ表すよりも記号
として表示したほうが循環を確認するのに適していると考えたかららしい。
干支はNO1の甲子から始まりNO60の癸亥で一巡するのであるが、それが何時から始
められたのかはよくわからない。
因みに、六十干支を年月日に配当した最初の暦は中国のそれで「中国の王朝「殷」の
時代(紀元前1500年)、甲は十干の初めであり子は十二支の初めであることから
皇帝即位の時に当たって、甲子こそ皇帝の即位を記念するにふさわしい年月日である
としてを定め、これを起源とする」とされている。
日本では「推古天皇が採用した「元嘉暦」を開始した時で、この年を甲子の年、正月
を丙寅の月、正月朔日を戊戌の日とした。」と言われている。
それ以来、日付を干支に置き換えて表示する遣り方つまり年月日の六十干支は、暦が
その間何度も改定されたにもかかわらず日本では60干支の方則(60花甲の方則)
に従って今日に至るまで連綿と引き継がれているのであるが、これら中国、日本につ
いての過去の制定記録がいづれも真実なのかどうか、その詳細は全く不明である。
つまり暦における干支は期日や歴史を明確にするために便宜上定められた符号にすぎ
ず、干支の制定には科学的な根拠がないといってもよい。
しかし起源つまり干支の暦への配当が何時から始まったものなのかはそれ程重要なこ
とではないと私は考えている。(後述4参照)

この干支の配当には、いつの間にか陰陽五行説が介入し、干支は単なる数詞ではなく
なって特別な意味、神秘的な意味を持つようになった。
そのため干支によって表示された年月日もまた、干支が持つ特別な意味を持つものと
なったと言える。
結局、自然の移り変わりである年月日に特別な意味づけをしたために、やがて暦自体
が世俗的な信仰にまで発展することになったのである。
古い日付をひも解いたとき人間の一生を推定できる素地がここにあると言えるのであ
る。

所謂カレンダーの数字による経過表示だけでは永遠に一過的で、味も素っ気もない
が、六十干支によると60年に1度、60ヶ月に1度、60日に1度干支は確実に整
然と循環するから、それらのの組み合わせである60の三乗を一定の単位として吟味
することによって、占術上重要な手がかりを得ることができるのである。
(尚、九星の年月への配当に付いては当HP裏話NO14の(2)に既に記述したので省
略。)

2、365日、同じように太陽は東から昇り、西に沈むのであるから、吉日、凶日など
あるわけがない。
そんなものは迷信だ・・・日々之好日だ・・・というのも一理あるかもしれない。
しかし、暦にある様々な記述は先人の賢明な生活の知恵だと言って良いと思う。
だとすれば、メンドーなことを言わずに、これを素直に利用したほうが得だと言える
のではないか。
例えば・・・
こちらの家がお葬式で、悲しみに呉れているのに、隣の家は結婚式で飲めや歌えのド
ンちゃん騒ぎ・・ではお互いに具合がわるい。
両家に関係ある人が、こちらの家で悲しい顔をし、次にすぐ隣へ行ってオメデトウと
笑う・・という羽目になるというのでは変なものだ。
そうした事にならぬよう、つまり同じ日、同じ時間に吉事と凶事がかちあわぬように
経験則上、徐々に吉日凶日が定められたことも又、昔の人のすぐれた「生活の知恵」
であると言える。

3、何かの行事の日程を決めようとするときに「何月何日の吉日にしよう」となる
と、吉日が既に暦に決められているから簡単にその日を決めることが出来て都合がい
い。
もしそういう既存の定めがなければ、なかなか決められず伸び伸びになってしまうこ
とが多いと推定できる。
然も、本番までの間に何らかのハプニング、トラブルがあったら、益々決定できなく
なってしまう。
あるイベントをある吉日にやると決めさえすれば、その吉日に必ずしなければならな
いとなり、「万難を排して」努力する羽目になるから、結局物事が予定通りに出来る
ようになるだろう。
「吉日凶日の定め」は時間的なケジメをつける点でも効果を発揮すると言える。

4、いかに文明が進み寸時を争うコンピューター時代になったとしても、天文学的な
古い時代に発生した暦の記述が今も民間信仰として脈々と生きている。
若いうちは無神論者で信仰の類には無関心だった者、科学的に認識できる範囲内のみ
で物事を解決しようとしていた者でも中年を過ぎると、神の存在を肯定できるように
なってしまう。
それだけでなく、年廻りや日の吉凶なども気になり、然もそれをうるさく言うように
なるのが一般の傾向である。
「占いは統計学である」という意味はここにある。
宇宙に存在する一切の現象を何とか解明したいという意向で身の回りに存在する事
例、個々の具体的事実を観測し、それらのデータを大昔から永年蓄積し且つ分類、分
析し続け、その中から共通点や規則性を解明したもの、これを一般的原理として受け
継がれ現在に至っているものが占いの源泉だからである。
占いは、少なくとも私が関与している占いは現実の事実の分析から帰納したもの所
謂、帰納法により導かれた結論に基づくものと言っても良い。
前提を大事にする人つまり最初に決めた約束(公理)にもとづいて結論を導き、経験
に頼らず合理的推論によってのみ結論をあてはめていく思考に重きを置いている人、
それにのみ取り付かれて生活している人たちとっては物足りないかもしれない。
然らば「前提がはっきりしないものは正しくない、故にその類は一切信じられない」

屁理屈を言う人達、「論理を徹底しさえすれば問題は解決できる」という考え方にこ
だわって何事にも疑いを持って係る不幸な人達にとっては我々が「普遍性がある」と
永年主張し続けている上述の諸方則は全く受け入れられないものなのか。
俺は科学者だから、俺は「学」があるから、そんな低俗な事には全く関心が無いこと
だと言っている自称偉い人達が、お祝いの席上で「本日は良いお日柄で・・・」など
という挨拶を述べたりする。よくあることだ。
お日柄とは、暦の上で決められている日の吉凶のことである。
つまり行事を執り行う日に良し悪しがあるということを意味している。
「本日は良いお日柄」とはその行事を行うのに吉日だという訳である。
これを理解した上で言っているのならご立派なのだが、無関心な、あるいは無関心な
ふりをしている(その面では)不真面目な自称エライ人が、そこまで分かる訳はない
だろうし、そこまでは彼等は考えてもいないだろう。
逆に分かっていて言っているのだとすれば、自分が信じてもいないこと、日頃、自分
が軽蔑している事象を、他人の大事な祝福の席で無責任に放言し 心にもない その
場限りのリップサービスしていることになる。
大事なお祝いの席を軽い気持ちで勝手に茶化して居るといってもいい。
そういう奴はどっちにしても偉い人とは言えなかろう。
自分で勝手に偉いと思い込んでいればよろしい。
要するに人間は特に日本人は、みんな暦好き占い好きではないのか。

5、私は、今回まで(裏話NO16(二十八宿について)及びこの4回シリーズ)計
5回に亘って暦本についての解説をしてきたが、暦の発達イコール庶民を脅かす為の
文言を付け足し、ある時になって削る・・・を繰り返した歴史といっても過言ではな
いと思っている。

こうして見ると、庶民には世界共通の現行のカレンダー、つまり単に日付と曜日だけ
を記して日数を数えるだけの単純なものがいいのであり、そこに小さく載っている六
曜(大安、仏滅・・・)を見て、その日の吉凶を判断するぐらいが平和で適切なので
はないかと思う。
但し六曜が信じるに値するものなのか、そうでないのかは個人的に決めることであ
る。
しかし運勢、性格や方位、庶民の生活指針を自分の力で知りたい者にとっては、上述
の矛盾だらけで雑然とした旧暦およびその関連書を遡り、自分で時間をかけてこつこ
つと調べる必要がある。
この循環の意味を知らない者またこの循環による違いを一つづつ丁寧に根気よく記録
する労力を疎んずる者には、占いをする資格はない。
非科学的な迷信や俗信に属する無用の付け足しを伴う一部の偏った解説を除けば、そ
こには、宇宙生成の周期的法則性があり、文明が熟した今の世のでも、日々の生活中
に旧式の暦の考え方が厳然として生きている理由を発見することが出来るはずであ
る。



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